MIEブログ

田中美帆(MIE)オフィシャルブログ

突然ですが、ご報告させてください。

突然ですが、ご報告させてください。

※2014年7月のアメブロの記事をこちらに移行しました。

皆様、お久しぶりです。
ブログや仕事を少しお休みさせてもらっています。

普段ブログを書かない日があったとしても、2,3日だったのでいろいろとご心配をおかけしまして申し訳ありません。

そして、今回このような報告をブログでするべきなのかどうかすごく考えました。
しかし、妊娠がわかり安定期に入ってからもブログで妊娠中の色々な思いや日々の出来事を書いてきました。
そんな中で、自分事のように喜んでくださった皆様にはお伝えさせて頂きたいとの思いで書かせていただきます。

2014年7月1日22時13分に娘のharuが天国へ旅立ちました。

haruは、生まれてすぐに心臓の疾患がわかり、治療をする中で肺静脈狭窄という「世界的にみても治療法がない」と言われているとても難しい病気がわかりました。

病気のことは、これまでブログには一切書いていません。

いつか、「実は、あの頃は大変だったけど今はめっちゃ元気やねん!」と言える日が来ることを信じていたので、その時までは家族と共に一緒に病気と闘おう!と決めていました。

娘は、いつも一生懸命で、病気なのを忘れるくらいわんぱくで元気で、笑うことが大スキで、いつも楽しく、私たち家族はharuが生まれてからはharuのことで頭がいっぱいでした。
可愛さにメロメロで、入院期間中の会えない時間はharuの写真や動画を見ながらいつも笑っていました。

ほとんどが病院生活だったので、一瞬の変化も見逃したくないと、カメラは必需品。
平日は主人は仕事なので、写真をLINEで送って様子を伝えるのが日課でした。

NICUやICUの場合は、面会時間が決まっているのでずっといたくてもいれなくて、とても寂しかったですが、「娘も頑張ってるんだ。家に帰ってきた時はずっと一緒にいられるように今このいられない間に仕事を頑張るぞ!」と思いながら、仕事をその時間に合わせるようにしていました。

1度目の手術が終わり、haruが頑張ってくれたおかげで、2ヶ月ほど家で3人揃って過ごせる期間もありました。
その間に、近場ですが家族3人で旅行にも行け、桜を見に行ったり近所の公園に遊びに行ったり・・。

カフェに3人で行けた日は、それだけで感動でした。

ベビーカーで近所に行くだけで、こんなに幸せなことだなんて。
私たちにとっては、そんな当たり前のような出来事も貴重で大切過ぎて、ずっとこんな日が続けばいいといつも祈っていたし信じていました。

悪いことは、想像するとその通りになってしまうような気がするので極力考えないようにして、いつも不安になる時はharuが2歳くらいになって元気に走り回ってる姿を想像するようにしていました。

しかし、退院から2ヶ月弱がたった頃、なんだかいつもより元気がなくて気になり、いつもの大きな病院、夜間の救急病院、近所の街の病院、訪問で来てくれた保健所の人など、いろんな医者やプロの方に見てもらったけれど問題ないと言われ、でも納得がいかなくて、もう一度いつもの大きな病院に行った時、初めて会った先生がレントゲンの機械と共に来てくれた瞬間、異変に気づいてくれ、即入院となりました。

しかし、先生の心配を見事に覆し、haruはみるみる元気になりました。
2度目の大きな手術もクリア。
娘は、何事もなかったかのような顔でケロっと笑ってくれますが、私たちは娘の小さな体に何度もメスが入ることが辛すぎて、言葉になりませんでした。

でも、私たちが不安そうにしている姿を、こんなに真正面から頑張って病気と闘ってる娘の前で見せるわけにはいかない。こんなに頑張ってる娘に失礼だという気持ちの方が強くて、とにかく私も一緒に笑顔でいました。

ICUから小児病棟へ移動(ステップアップ!)出来る期間もあり、そこは私も24時間寝泊まりしながらの付き添い看護が出来るので張り切って一緒にいました。
朝起きておはよう!が言えて、抱っこで寝かしつけることが出来る当たり前の日常がどんなに幸せなのかを毎日かみしめるような日々でした。

病棟内をお散歩して、窓から景色見ながらお話したり絵本を読んだりして過ごす平和な日々が、私たち夫婦にとってはすべて貴重でした。

いっぱい歌を歌って、笑って過ごしている平和な小児病棟での生活中も、毎日検査検査、結果報告ではいきなり胸をギュっと鷲掴みにされるようなキツイ言葉が付きつけられることも少なくなかったです。

感受性が高く、赤ちゃんなのに大人の会話をすべてを理解してるんじゃないかと思えるようなharu。
心配をかけたくない。何にも怖いことないよー。大丈夫だよ。と極力不安げな顔は見せないようしていました。
大丈夫大丈夫!とよく耳元で言いながら抱っこしてました。haruに言ってるようで、実は自分に言い聞かせてたのかもしれません。

えっと・・何から伝えたらよいのか正直今全くわかりません。わからないけれど、書いています。

今は、ゆっくりとharuとの時間を満喫しています。
主人とharuの話ばかりしています。
動画や写真を見てると可愛すぎて今でも自然と笑えてきます。
こんな状況でも、笑顔にさせてくれるharuは本当に天使そのものです。

半年という短い期間でしたが、haruがこの世に生きた証を少しづつ綴っていけたらと思います。

病気のことや、お空に行ったこと。
これだけを聞くと、不幸で悲しい出来事としか思われない事実だと思いますが、決してそうではありません。

確かに、珍しい病気で、大きな病院の医師をも悩ますものでした。
しかし、いつもharuは私たちにパワーをくれ、元気づけてくれ、大きな手術を2 度した後も、手術後とは思えない回復力で何事もなかったような笑顔で私たちと遊んでくれてました。

お空に行った日も、発作が起きてから「おそらく数時間だと思います・・・」と説明を受けてからも、眠ったようなお顔で、私の母と石川の両親全員が揃うまで待っててくれ、結果的に22時間も頑張ってくれました。

これには、医師もビックリで、「お父さんお母さんのパワーはやっぱりスゴイです!」と言ってもらえました。

haruのその時の顔は、一生忘れません。
勇者のような、強い凛とした顔でした。

その間、鎮静剤で眠ってはいましたが歌を歌ってあげたり、名前を呼んであげたり、いつもスキだったあやし方をしてあげると数値が上がり安定したり、ちゃんと反応してくれていました。

みんなで涙を流しながら大合唱している中、とても安心したようなちょっと笑みを浮かべているような顔でスーっとお空へいきました。

最後まで決して諦めなかった娘の姿。
私たちは、半年という短い時間の中で、数えきれない程のことをharuから学びました。

haruが生まれてきてくれた日から、私たちは3人家族になり、
それは今もこれからも、永遠に変わりません。
これからも永遠にharuは私たちの自慢の娘です。

私たちを親にしてくれました。
こんなにも愛しく思える存在を出会わせてくれました。

haruの自慢のパパとママでいられるように、お空から見てくれてるharuに恥じないようにしっかり生きていかねばと思っています。

もうちょっと先にはなるけれど、私たちがお空に行ったあとは、haruが大好きだったちょうちょうの歌を歌いながらまた思い存分抱っこ出来るし、それまではこの世界でharuが残してくれたメッセージを胸に精一杯生きます。

そして、またharuが生まれ変わって私たちの元に帰ってきてくれると信じています。
haruは永遠に、私たちの心の中で生き続けるし今もなおとても近くに感じます。
もしかすると、今まで以上にそう感じるかもしれません。

私たちをパパとママに選んでくれて、生まれてきてくれて本当にありがとう。
幸せの瞬間をたくさんありがとう。

「当たり前」というものは存在しません。

今側にいる、大切な人との時間は、かけがえのないものです。
そして、人生には、「ありえない」ような事も時に起こるんですね。
31歳にして、沢山のことを心で感じました。
本当に感謝しかありません。ありがとう。haru。
これからもずっと永遠に一緒だよ。

まとまりのないブログですみません。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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